ごちゃまぜ浮浪録

新人を脱しつつある肥満薬剤師が薬学部生向けに日頃のあれこれを偉そうに語るブログ

【薬】インパルス堤下さんの睡眠薬運転を振り返って+眠れない患者

大分時間が開いてしまった……。

 

最近は勉強会、講演と休日を潰すことも多く

 

会社の内規が変わって終業時間が伸びたので

 

 

ブログを書く時間も少なくなってしまった。

 

さて、本題は先日テレビを賑わせたインパルス堤下氏が意識もうろう状態で停車した車内で見つかったというちょっとした事件。

 

彼はレンドルミンブロチゾラム)、ベルソムラ(スボレキサント)、アレジオン(エピナスチン)を服用後運転し、こういった状態になったのだそう。

 

この件に関して、日経DIの記事になっていたり、各ブログを持っている薬剤師や医師がそれぞれ意思発信していたりして、結構語り尽くされているようだ。

もっぱら、薬には自信があるらしい某大規模掲示板の薬物乱用者共もスレが立って居た気がする。

 

 

別に彼は違法行為をしたわけではなく(処方せんに基づいて薬を貰っているし)、運転後体調不良を訴えて自力で停車したようなので、むしろ定石通りの対応をしたのだと思う。もっとも、唯一間違っていたのが服用方法なのだが……。

 

個人的な話をすれば、医師は初処方の薬に対して説明をしていたようだし、こうなってくると投薬した薬剤師が責められるのはややも仕方ない気がする。仮に説明をしてたとして、初めて睡眠導入剤を服用する患者に対してはそれなりにケアをしなければいけない。

 

尤も、彼は有名人だから、あまりプライベートな場に留まりたくなかったのかもしれないので、投薬を急かしてさっさと帰りたがった可能性もある。

もしくは、よく記事やニュースを見ていないので分からないが、処方箋をマネージャーが代理で持っていったとか? 

かかりつけ薬局でないのなら、本人が目の前に居たら提示した保険証からなんとなくインパルス堤下であることは察せそうだし。

 

 

薬の話に戻るとすると、3つの薬のうちアレジオンを除いて運転禁止薬に該当するといっても差支えないだろう。アレジオンは、せいぜい運転を控える…程度だろうか。

とはいえ、実際の投薬では運転手や、通勤に車やバイクを使用する患者なんてごまんといるので、

運転を控える薬(アレジオンや、タリオン、エバステル)などは、飲み始め注意をするよう指導しつつ、高速道路や長時間の運転等の付随する事故要件を回避するように言っている。

ちなみに、抗アレルギー薬の中でも運転に問題がない(眠気のスコア上昇がない)とされているのはいくつかあり、有名なのはアレグラ(フェキソフェナジン)

最近出て来たものでビラノア(ビラスチン)等がある。

 

 

そして、医師が言った通りベルソムラのTmaxは1時間前後なので、

おそらく意識混濁の主犯はブロチゾラムだろうなぁ、と。もちろん相互作用的な意味でベルソムラが働いてる可能性もあるだろうが…

 

いずれにしても、睡眠薬はどの種類であっても服用後は速やかに就寝するのが基本だ。

実際の投薬では、「服用したらすぐに就寝の準備に入ること」「早朝起床時のふらつきに十分注意すると共に、早朝の運転は控えること」を初処方時には徹底している。

 

それからもう一つ引っかかるのは、ややオーバードーズな気がしないでもないということか?

いくら不眠が強くてもいきなりベルソムラ20mgにブロチゾラムはやりすぎだと思うが…。睡眠薬が複数処方されるのって、心療内科に掛かるレベルの衰弱や抑うつがあって、痒みが主訴の不眠で出すには強すぎるような気がしないでもないが。

 

ひょっとすると、ブロチゾラムは処方される以前にも飲んだことがあって、不眠に使ったが効き目が薄かった等と説明したのかもしれない

 

 

睡眠薬と不眠の問題は、本当に切っても切れない関係だから悩みの多い社会なんだなぁと実感せざるを得ない。

 

 

ここからは話題切り替わって、不眠を訴える/および睡眠薬が合わないと感じる患者の話。

 

 

実際問題、睡眠導入剤がどれくらい処方されているのか?という話だが。

うちの処方だと、抗不安薬を含め睡眠導入剤が処方されている患者の割合は約2割くらいだ。

特に高齢者になるほど、一般処方に睡眠導入剤がくっついてくることが多く、

若い人で睡眠導入剤の処方箋を持ってくる人の多くは一時的または頓用でデパスマイスリーを使用する程度か、もしくは心療内科の処方だ。

 

そして、傾向として若い人~働いている人 では、寝つきの悪さの改善を求める人が多く、

処方のメインはマイスリーゾルピデム)またはルネスタエスゾピクロン)から始まり、レンドルミンブロチゾラム)へと経ていくことが多い。

概ね心療内科ではこれにデパスエチゾラム)が追加され、不眠というより昼夜逆転型の患者ではロゼレム(ラメルテオン)が入る。

ロヒプノールフルニトラゼパム)や、デジレルトラゾドン)が出る事はあまりない。

例外として、透析患者の若い人は、昼間数時間寝ている(透析中)ことが多いので、

これらの睡眠導入剤は良く出る。

ゾルピデム10mgを始め、ロヒプノール3mg、ソラナックスアルプラゾラム)までMaxで出ることもある。

 

一方、高齢者になると睡眠のリズムが崩れている上に、75歳以上で一日家に居ることが増えて来た患者ほど、寝るのが早く早朝覚醒と夜間頻尿のコンボで朝までの熟睡を望む人が多い。

そのため、ゾルピデムよりもロヒプノールの率が高くなってくるし、

本当はダメなのだがうちの医師は頻繁に高齢者にレンドルミン0.5mg(0.25mg2錠)で出している。

(※添付文書上、ブロチゾラム不眠症には0.25mgが適応)

 

そこへ割って入ってきたのがベルソムラ(スボレキサント)だ。

睡眠導入剤の中では最も新しく、かつ従来のベンゾジアゼピン系とも異なる、オレキシン受容体拮抗薬。

最近医師の間で広まりを見せているのか、内科でもよく使われている。睡眠導入剤の中で、向精神薬指定を受けていない(ルネスタ、ロゼレム、ベルソムラ)せいもあるか。

ベンゾジアゼピンのように耐性を生じないとされているから、

今までデパスレンドルミンを処方してきた患者に対して、あの薬はクセになるからこっちに変えよう、と強引に切り替える医師が近しく居て、それはどうなんだ、と思わないでもない。

 

ちなみに半減期は10時間だが、概ね一般的な生活をしている人だと睡眠感は7時間程度のようだ。Tmaxの通り、立ち上がりは良くないので寝つきよりも、先述した高齢者向きとも言える。

 

ただ、このベルソムラ、添付文書とはややギャップの多い結果となっているようだ。

患者によっては全く著効しなかったり、逆に12時間以上睡眠してしまう患者が少なく無かったり、ブレ幅が大きい。BZDから切り替え後、ベルソムラが合わずにすぐ中止になる患者の割合は2割では済まないような感じだ。

 

というのも、ベルソムラはオレキシン受容体競合拮抗薬であり、

そもそも論としてオレキシンの生体内濃度に影響を受ける、ということだ

 

いや、それならBZDだって同じような感じじゃん。GABAの生体内濃度次第だし

(BZD系薬→GABA-A受容体→Cl-チャネル開口→過分極(Na+チャネルによる脱分極と中和)→覚醒の鎮静)

 

と言われるかもしれないが、要はこの覚醒のシステムにおいてオレキシンが生体の日内リズムに色濃く依存する所が違う所なのだ

 

オレキシンは生体が「朝起きて、夜眠る」ためのシステムの根幹であるから、

例えば眠る時にカーテンを閉め電気を消す、

太陽の光で目を覚ます

そういう普段の人間のリズムを疑似的に脳内で作り出している物質になる

 

そして、スボレキサントは「競合拮抗」

つまりオレキシンが生体内に多ければスボレキサントの濃度が一定(服用として20mgまで)と決められているのなら意味をなさず

逆にオレキシンが欠乏した状態だと非常に眠気が続いてしまう

 

そういうわけだ

つまり患者の生活リズムによって効果がブレてしまうので個人差は出やすいし、

 

さらに言うと

起床後も暗い部屋で日光を浴びずに部屋に1日居るような状態の患者

うつ病治療中や、社会的不安から昼夜逆転によりホルモンバランスが大きく崩れている患者

 

では、眠気状態が長く続いたり、全く寝付けなかったりする

 

ともいえる

そして、CYP3A4により代謝されるので、ここでも強く個人差が出る

 

 

俺の私的な評価からすると使いづらい薬かもしれないなぁ

 

と思っている。

 

 

動物に睡眠は必須だが、

 

どうも睡眠に悩み多き日本人は多く居るなぁ、と思っている昨今だった。

 

 

 

蛇足になってしまったがとりあえず国試向けに数点。

スボレキサントはCYP3A4を強く阻害する薬と併用禁忌。

アゾール系であるボリコナゾール、イトラコナゾールはもとより、リトナビルやインジナビルなどの抗ウイルス薬、そして抗菌薬であるクラリスロマイシン

 

それ以外の、ジルチアゼム等の併用注意薬が出た際、高齢者に20mgが出ている例などでは減量を提案する。

 

睡眠導入剤は選択肢が充実しているので、大体毎年薬理か生物か実務を絡めて出題されるイメージ。差別化が分かりやすくて、得点しやすいので取りこぼしが無いようにしたい。

 

スボレキサント→オレキシン(覚醒ホルモン)受容体アンタゴニスト

ラメルテオン→メラトニン(睡眠リズムホルモン。なおMT1は入眠、MT2は日内リズムを担当する)受容体アゴニスト

ベンゾジアゼピン→GABA-A受容体のBZD部位に結合する。

ベンゾジアゼピン系(ゾピクロンなど)→ベンゾジアゼピン受容体のうち睡眠作用を担当するω1受容体に選択的に作用する(ω2…筋弛緩作用)

 

それから、多くのBZD系薬は30日制限だが、ベルソムラやロゼレム、エスゾピクロンには今の所(2017年6月現在)、制限がない(ゾピクロンは30日制限。)