【話1】総合門前日和。
ーこの話は実話を元に個人情報が特定されないよう改変されたものです。
「谷城くーん!これお願い!集めてくれたら出すから!」
「はい!」
午前11時。忙しさのピークは抜け、一人一殺で切り抜ければ普段通り昼休憩に入れそうな様相。待合室の患者の数を見ながら、ふと谷城は一息ついた。
ここ、ひなた薬局は総合病院を門前に持つ中小薬局だ。その隣の病院、光陽病院は診療科目は国立の大学病院には負けるものの、市中病院としては近隣住民や市・県外からもそれなりに認知されていて、特殊科目も持つ大型病院。
平日午前は慢性期の定期患者で溢れ、小さい待合室はスピーディーに患者応対をしなければすぐに椅子がパンパンになってしまう。
そこに勤める谷城健斗は、4年目の勤務薬剤師だった。谷城以外にも、数人の薬剤師が常に常駐していて、せわしなく手を動かしていた。
「どれどれ……」
忙しいとはいえ、オフピーク。処方箋をじっくり吟味し監査するくらいの時間はある。登録販売者ではなく薬剤師が調剤をしながら監査をすれば医療過誤は絶対的に減らせる、という教えは彼が実習先の薬局で管理薬剤師から学んだことだ。
山口 治夫 83歳 男性
処方交付日 平成30年 5月20日
【般】アムロジピン錠 5mg 2錠
エックスフォージ配合錠 1錠
朝食後 28日分
「……ん?」
谷城は処方箋をはたと見て、劇薬棚の最もポピュラーな場所にあるアムロジピンを取り出しながら怪訝な顔を浮かべた。
そう、この処方は、マズいのだ。
Q:この処方の疑義照会すべき最もマズい点はどれか。なお、患者は再診し、普段より同じ医師に掛かっているものとする。前回受診時にも、エックスフォージを処方されている。
1.アムロジピン錠は1回1錠が原則としての用量であるので、2錠は過剰である。
2.アムロジピンの用量が過剰である。
3.エックスフォージ配合錠の用法が誤っている。
4.エックスフォージはニフェジピンとバルサルタンの配合錠であるため、Ca拮抗薬が被って処方されている。
谷城は顔色を変えないまま、当該患者の薬歴(※薬剤情報指導履歴)を開いた。
山口 治夫
平成30年 4月23日 指導薬剤師 甘夏 林檎
【般】アムロジピン錠 5mg 1錠
エックスフォージ配合錠 1錠
朝食後 28日分
「あ、やっぱり前回は大丈夫だ…増量か。血圧高かったのかな。とりあえず先生に聞かないと…15mgはマズイよ」
正解:2
・高血圧症
通常、成人にはアムロジピンとして2.5~5mgを1日1回経口投与する。
なお、症状に応じ適宜増減するが、効果不十分な場合には1日1回10mgまで増量することができる。
エックスフォージ配合錠
1錠中バルサルタン(日局)80mg及びアムロジピンベシル酸塩(日局)6.93mg(アムロジピンとして5mg)を含有する。
「あ、お疲れ様です。ひなた薬局の谷城です。内科の大手山先生に本日掛かられた、山口治夫様の処方についてなんですが……」
アムロジピン5mg2錠と、エックスフォージに含まれるアムロジピン5mg。合計15mgは添付文書上過量であるため、谷城は医師に疑義照会した。医師が診察中のため、代わりに電話に出たのは事務員の女性だった。
医師に問い合わせ、処方に変更があればFAXするとの旨を取り付けると電話を切った。
患者に、少しお待たせする旨を伝えて戻ると、すかさず、先輩薬剤師の甘夏林檎が声を掛けてくる。
「ヤジョー、どったの?」
「りんご先生。いや、アムロジピンが過量で出されてたんですよ、これ」
「ほーん。ああ、合剤でよくあるよねえ…」
甘夏は谷城より5つ年上、ギリギリ29歳と15か月の若い薬剤師だ。しかし、背は谷城より顔ひとつぶん低い。幼さの残る顔立ちから言えば、中高生と間違われるかもしれない。
「最近、合剤も増えてきましたし、特に後発品と名前がごっちゃになることも多いですよね」
「そうねー。先発品の名前だけだと知らなかったら想像つかないかもしれないわね。ま、私達が知らなかったじゃ済まないけど」
「で、ですね……」
谷城は降圧薬の合剤リストを引っ張り出してきた。採用品、それに後発品も含めると目がしばしばする。
・ザクラス(アムロジピン+アジルサルタン)
・アイミクス(アムロジピン+イルベサルタン)
・ミカムロ(アムロジピン+テルミサルタン)
・ユニシア(アムロジピン+カンデサルタン)
・エカード(カンデサルタン+ヒドロクロロチアジド)
・プレミネント(ロサルタン+ヒドロクロロチアジド)
・コディオ(バルサルタン+ヒドロクロロチアジド)
・ミコンビ(テルミサルタン+ヒドロクロロチアジド)
・レザルタス(オルメサルタン+アゼルニジピン)
「HD/LDやAP/BP、規格によって成分量も違うからね、もう3年経ったんだし、ちゃんと全部覚えたでしょうね」
「いやぁ……はは」
甘夏は谷城にツンとした目線を送りながら待合室に消えて行った。谷城に掛けるつっけんどんな対応とは何だったのか、患者へ向かう甘い猫撫で声が聞こえてくる。
「谷城サン、FAXデス」
「あ、ああ。ありがと!」
事務員の女性――小鳥遊檸檬から、送られてきた変更処方箋を受け取る。機械的な表情を変えないまま、小鳥遊はレセコンに戻った。
山口 治夫 83歳 男性
処方交付日 平成30年 5月20日
【般】アムロジピン錠 5mg 2錠
【般】バルサルタン錠 80mg 1錠
アーチスト錠1.25mg 1錠
朝食後 28日分
「えーっと……」
谷城は変更後の処方箋を見ながら固まった。
そして、いそいそと電話のある方へ向かった。
Q.追加された処方箋で薬剤師が考慮すべき点はどれか。
1.アムロジピンとアーチスト錠には相互作用が認められ、併用禁忌であるため必ず医師に疑義照会しなければいけない。
2.アーチスト錠は高度の徐脈、高度の房室ブロックのある患者には禁忌である。
3.患者の適応症について疑義照会が必要である。
4.アムロジピン、バルサルタン、アーチストの用量は全て正しいため、疑義照会はしなくてよい。
「何度も恐れ入ります。谷城です。先ほどの山口さんの件についてなんですが……適応症は高血圧で処方されていますよね?」
正解:2,3
アーチスト錠1.25mg
禁忌:高度の徐脈(著しい洞性徐脈)、房室ブロック(II、III度)、洞房ブロックのある患者[症状が悪化するおそれがある。]
本態性高血圧症(軽症~中等症)
カルベジロールとして、通常、成人1回10~20mgを1日1回経口投与する。なお、年齢、症状により適宜増減する。
虚血性心疾患又は拡張型心筋症に基づく慢性心不全(アンジオテンシン変換酵素阻害薬、利尿薬、ジギタリス製剤等の基礎治療を受けている患者)
カルベジロールとして、通常、成人1回1.25mg、1日2回食後経口投与から開始する。
再度送られてきたFAX。ようやく谷城は安堵した。
「疲れた顔してるねえ」
「ええ。まぁこれも仕事ですから…」
「ところで山口さん、30分以上待たされて寝ちゃってるよ。あの人、寝起きは性格変わるんだよね~」
「ハッ!」
時計を見る。最初に遅くなると言ってから、40分も経っていた。
若干口調の荒くなった患者を前に平謝りしている谷城を調剤室の影から甘夏が小悪魔の顔つきで見ていた。